これからの「Will Can Must」

· マネジメント,人材,ビジネス

「Will Can Must」のフレームワークは、個人のキャリア設計や意思決定をサポートするための自己分析ツールです。1990年代にリクルート社によって活用され始めたとされるこの考え方は、以下の3つの要素で構成され、それぞれが互いに関係し合いながら、個人の行動や選択を方向付けるものです。

1. Will(やりたいこと)

自分が「心からやりたい」「熱意を持って取り組みたい」と思えることを指します。
これは内的な欲求やモチベーションに基づいており、自分の価値観や目標に直結します。
・例: 将来こうなりたい、こんな仕事をしてみたい、こんな環境で働きたいなど。

2. Can(できること)

自分が現在できること、あるいは学習や経験を通じてできるようになったことを指します。
これはスキルや知識、経験、強みなどの外部的な要素に基づいています。
・例: 専門スキル、仕事での実績、過去に成功したことなど。

3. Must(やるべきこと)

周囲や環境から求められていること、責任として果たさなければならないことを指します。
これは外部的な期待や、社会、組織、チーム、家族などから課される義務を含みます。
・例: 仕事の目標、家庭での役割、組織で求められるスキルや役割など。

そして、「Will × Can × Must」の交差する部分、つまり「自分がやりたい」「自分ができる」「世の中に求められている」ことの交点が、理想的な仕事や生き方とされています。

■現代における課題

しかし、変化の激しい現代において、このフレームワークを旧来の形のまま指針として活用するのは難しくなっているように考えます。

もともと「Will Can Must」は、環境変化や個人の成長に応じて再定義が求められるものでした。特に現代の急速な変化に対応するためには、その活用法や視点を進化させる必要があります。以下に、各項目についての現代的なアップデート案を記します。

broken image

 

【Will(やりたいこと)】

現代では、物質的な豊かさが実現されたことにより、若者の「欲」が希薄化していると指摘されています。

労働政策研究・研修機構(JILPT)の「第5回 若者のワークスタイル調査」(2022年)では、若者の職業意識に以下の傾向が見られました。

・「仕事離れ」の増加: 「できれば仕事はしたくない」と考える若者が増加。

・「一社志向」の低下: 一つの企業に長く勤める意識が減少。

・「堅実化」志向の低下: 安定志向や堅実なキャリア形成を目指す傾向が弱まる。

これらの傾向は、若者の職業に対する意欲や目標意識の希薄化を示唆しています。

また、2022年6月に実施されたこちらのアンケート調査によると、そもそも20代の男女の約77%が「出世したくない」と回答していたりします。

○ アップデート案

現代の若者は「欲」が希薄化しているとはいえ、「意欲」や「Will」がないわけではありません。むしろ、彼らは「自分が本当にやりたいこと」を従来以上に見極めたいと考えている傾向があります。他者や社会から押し付けられた「成功」や「目標」に囚われたくないという姿勢があるように感じられるのです。

SVPジャパンが実施した調査によれば、Z世代は「自分らしさ」を追求し、新しい価値や意味を積極的に取り入れる傾向があります。また、社会の矛盾を正し、より良い世界を創造したいと考える姿勢が見られます。

Z世代の価値観は、物質的成功ではなく、自己実現や社会貢献、精神的な豊かさへとシフトしています。彼らが価値を置くのは、旧来の車や時計といった贅沢品などでは決してなく、個々人の内面的な充実感や幸福感なのです。

そのため、「Will」を明確にする際には、以下の問いが有効です。

・「どんな状態が心地よいか?」

・「どんな価値観を大切にしたいか?」

【Can(できること)】

AIの進化により、人間が得意とする「Can」は相対的に小さく感じられる時代になっています。これまで胸を張って答えていたのに、「そんなものはAIにやらせるから不要」とされる「Can」が増えているのです。

また、従来のスキルや成功体験は、急速に変化する現代において経路依存性に陥る大きな要因となり得ます。経路依存性に陥ることのない「Can」を新たに定義する必要があります。

○ アップデート案

人間特有の価値である「創造性」「共感力」「倫理的判断」などに焦点を当て、自分の「Can」を再定義する必要があります。

AIがいくら進化しても、人間にしかできないことは多く存在します。つまり、自らの「Can」をAIと対比させることが必要です。

また、AIとの共生を前提に、自分のスキルをどう活かすか、という問いを「Can」の評価に取り入れると、より時代に即した自己分析が可能になるでしょう(AIの進化ありきで考える)。AIと人間の能力の違いを認識し、互いの強みを補完し合う視点が重要です。

AIの進化に加え、ブロックチェーン、量子コンピューティングなどの新しい技術が次々と登場しています。これらの技術を理解し活用するスキルが求められるようになり、「Can」のアップデートはますます重要になって来るでしょう。

【Must(やるべきこと)】

環境変化が激しい現代では、必要とされるスキルや仕事の内容が急速かつ頻繁に変化します。そのため、Mustの定義は短期的な視点で柔軟に設定し、定期的に見直すことが求められます。

また、短期的な視点で柔軟に「Must」を設定しつつ、長期的な視野を持つことが重要です。

「世の中が求めること」に対する自分の解釈や立ち位置を明確にし、自分の価値観や優先順位とすり合わせるプロセスが重要です。

○ アップデート案

「Must」を固定的な義務ではなく、「今、この瞬間に最も効果的に取り組むべき課題」として柔軟に再定義する考え方が有効です。

短期的な「Must」と中長期的な「Must」を分けて考えることで、変化に対応しやすくなります。

環境問題や社会的責任(CSR)の重要性が増しており、企業や個人の行動にも大きな影響を与えています。「Must」の中には、環境に配慮した行動や社会貢献の要素が含まれることが多くなり、これらを考慮したキャリアデザインが求められます。

「Can」や「Must」の考え方も、固定された「職業スキル」から「柔軟なスキルセット」へとシフトする必要があります。柔軟性を持たせて適応的に活用しない限り、このフレームワークは形骸化して行かざるを得ません。「変化を前提としたWill Can Must」として再定義さえすれば、AI時代や急速な環境変化にも対応できる実践的なツールとして機能し続けることができると考えます。

■Z世代の"共感の指向"と企業成長

静岡文化芸術大学の研究では、Z世代の消費行動における重要な要素は「共感」であると分析されています。彼らは共感を基盤とした消費やコミュニケーションを重視し、それが購買行動にも影響を与えています。

このことは、組織における人材育成や評価においても、決して無視することのできない観点です。旧来の価値観を押し付けるのではなく、若者の「共感」に焦点を当て、それをベースとした組織成長を目指さなければなりません。

ダーウィンが「種の起源」において説いているのは、生存競争の中で運良く起こる突然変異こそが、生き延びるための要因となり得る、というものです。そして、この「運良く起こる突然変異」を手に入れるためには、言うまでもなく多様性の確保が必要であり、その実現のためには、まず恣意的な判断による排除を避けることが前提となります。経路依存性に陥り、旧来の価値観に基づく「Will Can Must」をZ世代に強制することは、企業が生き延びるための要因たり得る「芽」を恣意的に排除することに他なりません。とにかく、経路依存性から脱却し、常に思考と適応力をアップデートしていくことが必要です。

あと、「Will Can Must」は従業員個人にだけ求めるものではなく、まずは企業(経営者)や組織自体がそれを持っていることが重要であり前提である、ということを決して忘れてはなりません。

BBDF 藤本