なぜ「協力」は続かないのか?
前回のブログ(参照リンク)では、数学×経済学の「ゲーム理論」をベースとして、囚人のジレンマとナッシュ均衡、そして組織崩壊の構造を分析してみました。
「協力」したほうが自分にとっても相手にとっても得になるのは明確なのに、なぜ人は「裏切り」を選択してしまうのでしょうか?

「協力」の崩壊は、国家・企業・個人のあらゆる場面で起きています。「誰かが裏切れば、自分が損をする…だから仕方なく裏切る」構造が存在するのです。
協力を進化させるには、適切な戦略が欠かせません。そこで今回は「繰り返しゲーム」「しっぺ返し戦略」「進化ゲーム理論」「協力の進化」といったキーワードで更に深堀してみます。
「囚人のジレンマ」が現実になる時
「相手と協力すればもっと良い結果になるのに、お互いの不信感から最悪の結果を招いてしまう」のが「囚人のジレンマ」の例えですが、これは例えば以下のような現実問題に見て取ることができます。いくつか例を挙げてみます。
○例1:核保有国のジレンマ
核兵器を保有する国々は、まさに「囚人のジレンマ」の構造に陥っています。
すべての国が一斉に核兵器を放棄すれば、各国は巨額の維持費やリスクから解放されるとともに、世界の安全保障環境は大きく改善し、全体として最も利益の大きい「協力の結果」を得られます。しかし、「他国は本当に核を放棄するのか?」という不信感が、国同士の「裏切り」(核を手放さない状態)を誘発するのです。
現在の核保有国間の状況は、ゲーム理論でいう「非効率なナッシュ均衡」に陥っています。すべての国が「やめたいけど、相手が先にやめないと動けない」という状態です。この「均衡」を崩すには、強力な相互監視体制や、信頼の回復、或いは「裏切れない仕組み(メカニズムデザイン)」が必要になります。
核兵器があることで、「使えば自分も破滅する」という抑止バランスが成立しているのが現実です。これが「相互確証破壊(Mutually Assured Destruction:MAD)」と呼ばれる戦略で、核攻撃を仕掛ければ、即座に相手から報復されるため、結果として実際に使えない兵器になっているのです。
これは「繰り返しゲーム」で言えば、「しっぺ返し戦略」による協力の維持と言えます。しかし「絶対に使えない」はずの兵器が、誤解や暴走で使われるリスクは常に存在します。だからこそ「協力関係の維持」と「信頼醸成」が本質的な課題なのです。
互いの信頼が保証されない限り、核兵器廃絶は理想ではあっても現実的な選択肢にはならず、囚人のジレンマから抜け出せないのです。
○例2:OPECの減産協定(国家のジレンマ)
石油輸出国機構(OPEC)と非加盟の産油国で構成する「OPECプラス」は、2026年末まで原油価格の安定化を目的とした協調減産を延長する方針を決定しています。「みんなで石油の生産量を減らせば(「協力」すれば)、原油価格が安定・上昇し、全員が儲かる」という共通の利益があるからです。
しかし、ここにおいて各国は裏切りの誘惑(「こっそり増産をすれば、自分だけ短期的に儲けられる」というもの)と戦うことになります。そして「裏切り」を選択すると、結局市場価格は暴落し、協調は崩壊してしまいます。
○例3:漁業の「コモンズの悲劇」(資源のジレンマ)
似たようなことは、漁業の世界でも頻繁に見られます。皆が資源を守れば持続可能になるにも関わらず、「自分だけ多く獲れば得」という誘惑が「裏切り」を誘発します。その結果資源が枯渇してしまう。これは、経済学において「コモンズの悲劇」と呼ばれるもので、多数者が利用できる共有資源が乱獲されることによって資源の枯渇を招いてしまう、という法則に則った現象であり、「共有資源」を巡るジレンマの典型です。
これらは、一度きりの取引(One-shot game)では、裏切りが合理的に見えることを示しています。そして「自分だけ得をしたい」という行動が、長期的には全体に害を与えるという共通の構図が見て取れます。
○例4:ロシアとウクライナの戦争(安全保障のジレンマ)
現代における「囚人のジレンマ」「ゲーム理論」の典型的な実例でしょう。
両国ともが「協力」(和平)し、お互いの安全と経済発展を保証し合うことが理想だったはずですが、歴史的な不信と軍事的な脅威への警戒が積み重なり、両者は「裏切り」を合理的と判断しました。
一方が相手を信じずに裏切れば(侵略・武力行使)、短期的な利益や戦略的優位を得る可能性があるからです。その結果、軍事行動が繰り返され、和平交渉の信頼は崩壊し、非効率な均衡が続いています。「相手が信じられないから自分も行動せざるを得ない」という「不信のスパイラル」に陥っているのです。
この構図は「安全保障ジレンマ」と呼ばれ、軍備増強がさらに不安と対立を生む悪循環に陥ります。双方が損をする非効率なナッシュ均衡が続いているのです。
では、どうすれば協力の進化が可能になるのか――それこそが進化ゲーム理論の問いかけなのです。
「協力」は「繰り返し」の中で生まれる
一度きりのゲーム(囚人のジレンマ)では「裏切り」が合理的ですが、繰り返しプレイ(Repeated Game)では関係性が続き、「今日の裏切りは、明日の報復と信頼の損失を生む」ことになります。
○「繰り返しゲーム」の基本構造
- 関係が継続することで、裏切りへの「報復」が可能になります。
- 核抑止の「相互確証破壊(MAD)」も繰り返しゲームの応用です。
○例:働き方改革と労働時間のジレンマ
業界全体で労働時間を削減すれば、労働者のQOLは向上し、持続的な生産性の向上は両立可能です。しかし、「うちだけ残業禁止しても、他社が走り続ければ競争で負ける」と考えがちです。その結果、誰も労働時間を減らせず、疲弊して競争力は低下して行きます。
そこで「協力ルール」「業界標準」「ベーシックインカム」などが進めば、すべての会社が利益を得られる進化の可能性が出てきます。
「しっぺ返し戦略」(Tit for Tat)の力
1980年代、アメリカの政治学者ロバート・アクセルロッド(Robert M. Axelrod)が「進化的ゲーム理論」の実験を行いました。様々な研究者からゲーム戦略を募集して、総当たり対戦させたのです。
○「囚人のジレンマ大会」
さまざまな戦略がぶつかる中で最も成功した(最強だった)のは 「Tit for Tat(しっぺ返し戦略)」でした。最初に協力し、裏切られたら報復し、また許す、「やられたらやり返すが、協力には協力で返す」シンプルですが効果的な戦略です。核兵器も、経済競争も、会社の中も、 「報復と寛容のバランス」が協力を持続させるカギであると考えます。
○例:SNSプラットフォームと情報戦
プラットフォームがフェイクニュースを放置すると、一次的には広告収入等が増加しますが、結局信頼が失墜し、ユーザーが離れます。長期的に自社のブランドを傷つけることになるのです。一方、「しっぺ返し」を実施(規制や削除)することで健全性を回復することが可能となります。報復と寛容を繰り返すことで、協力と秩序が維持されるということがわかります。
「進化ゲーム理論」(Evolutionary Game Theory)と「協力が進化する理由」
「進化ゲーム理論」は、戦略が自然淘汰され、生き残ったものが社会を形作る、という概念です。

○自然界における協力の進化
動物たちは、単なる本能や善意で協力しているわけではありません。進化ゲーム理論によれば、協力は「生き残るための合理的な戦略」として進化しました。
アリやハチは、女王や巣のために自分を犠牲にしてでも働きます。これは「血縁選択」(Kin Selection)によるもので、自分と遺伝子を共有する個体の繁栄が、自分の遺伝的利益につながるためだと考えられています。個体の行動が「集団全体の利益」とリンクして進化した例です。
また、魚の群れや鳥の群れは、一緒に動くことで捕食者から身を守ります。「自分だけ群れから離れる(裏切り)」と、捕食されるリスクが高まるからです。協力(群れ行動)する個体が生き残り、裏切る個体は淘汰されやすいことがわかります。
協力は、相手も協力する場合に最も効果を発揮します。そして、一部の「裏切り(ズル)」が入り込むことで、協力関係は崩れやすくなります。進化ゲーム理論では、「協力を維持する仕組み(しっぺ返し、報復)」と、「裏切りを防ぐルール」が共進化することで、長期的な安定が実現すると考えられています。
自然界の協力は、生き残るために進化した戦略です。協力と裏切りは、互いに影響を与えながら進化し続けるのです。
○国家、企業、プラットフォームも「戦略の進化」の一部
「協力戦略」は環境によって進化します。状況が変われば「裏切り」も再び優位に立ちます。国家間の「軍縮」と「軍拡」の繰り返しも、進化的プロセスの一つですし、OPECや漁業協定も、うまくいけば「協力戦略」が残り、失敗すれば「裏切り」ばかりが残って資源が枯渇することになります。
○労働時間の進化
欧州の短時間労働と高生産性は、「協力戦略」が環境に適応し、進化した実例だと言えます。戦略は環境によって淘汰され、「生き残る行動パターン(戦略)」が進化していきます。かつては「長時間働くこと」が生き残り戦略でしたが、労働市場や社会制度の変化により「短時間でも高生産性を実現する協力戦略」が進化したのです。
ドイツ、オランダ、北欧諸国などでは、労働者と企業が「相互に協力し、利益を共有する仕組み」を作りました。ドイツの労使協議会制度、オランダのワークシェアリング、北欧の高福祉・高負担の社会モデルなどです。
労働時間を減らしても、生産性が維持・向上する理由は、労働者が「無理せず高い集中力と効率」で働き、企業も「長期雇用と人材投資」を行うことで、双方が協力し続けるインセンティブが生まれたからです。
労働者を酷使し、短期的な利益を追求する企業(裏切り戦略)は、長期的には人材が流出し、競争力を失いました(淘汰)。一方、協力戦略を選び続けた企業と労働者は生き残り、進化した結果が現在の「短時間労働・高生産性モデル」です。
欧州諸国の短時間労働と高生産性は、企業と労働者が互いに協力し続けたことで、進化的に安定した戦略となった好例と言えます。
そして、環境が変われば、協力戦略も淘汰されるかもしれません。進化ゲーム理論は、「生き残る戦略は環境によって変わる」ことを示しています。
だからこそ、協力を選ぶ環境とルールの整備が、経営の重要な進化戦略となるのです。
ナッシュ均衡からの脱却―協力をデザインする
ナッシュ均衡は「動かない状態」のことですが、それは必ずしも最適ではありません。OPECでも、労働市場でも、動かない均衡は「悪い安定状態」です。
そこから脱却するには「ルール設計」「インセンティブ設計」という「協力のデザイン」が必要となってきます。協力を持続させるためには、善意やモラルでは不十分で、裏切りが合理的な状況では協力は崩れます。そのため、「裏切りが割に合わない仕組み」や「協力が得をする環境」をデザインすることが不可欠なのです。
○ルール設計とインセンティブの重要性
- OPEC(石油輸出国機構)の監視と罰則
OPEC加盟国は、原油価格を安定させるために減産協定を結んでいますが、個別の国が「こっそり増産」すれば短期的な利益を得られるため、協定の遵守は容易ではありません。このジレンマを解決するために、OPECは加盟国の生産量をモニタリングし、違反が発覚すれば他国から報復的な減産無視(事実上の制裁)が行われるなど、裏切りへのリスクを高める仕組みが導入されています。監視と報復が、「協力した方が得だ」というインセンティブを生んでいるのです。 - 漁業資源の国際的な配分ルール
乱獲による資源枯渇を防ぐため、国際的な漁業協定が締結されています。たとえば、国際捕鯨委員会(IWC)や地域漁業管理機関(RFMO)は、漁獲枠の配分や禁漁区の設定を行っており、違反者には禁漁区の拡大や市場へのアクセス制限などの制裁が科されます。「ルールを守らなければ、将来の漁獲機会が減少する」というリスクを与え、協力の維持を促しているのです。 - SNSプラットフォームのアルゴリズムと報酬設計
SNSは情報拡散の利便性が高い反面、フェイクニュースや炎上コンテンツが利益を生む構造が裏目に出ることがあります。そのため、プラットフォーム側は、フェイクニュースの拡散にペナルティを課すアルゴリズム(表示順位の低下、アカウント制限)や、信頼性の高いコンテンツを優先的に表示・収益化する仕組みを構築しています。「誠実な情報発信をした方が報われる」というインセンティブ設計によって、健全なエコシステムを守ろうとしているのです。

「協力を促すルール」とは、単にルールを決めるだけでなく、協力が得をし、裏切りが損をする環境を整備することです。OPECの減産、漁業資源の配分、SNSの情報管理、それぞれ異なる領域でも、「ルール設計」と「インセンティブの仕組み」が、持続可能な協力関係を生む鍵となっています。
協力の進化を支える経営者の視座
「協力」は進化し続ける戦略であり、単なる理想論ではありません。
長期的視野とルール設計を通じて協力を促すことこそ、現代の経営者に求められる最も合理的な判断です。実践に落とし込む手順は、以下の通りです。

面倒な現実と向き合い、「最初に協力する」勇気を持つ者が、未来の組織と社会を形作っていくのだと考えます。
BBDF 藤本