学生時代に立ち上げたDef Jam Recordingsで、Run-D.M.C.『Raising Hell』(1986年)、LL Cool J『Radio』(1985年)、Public Enemy『Yo! Bum Rush the Show』(1987年)、Beastie Boys『Licensed to Ill』(1986年)などの名盤を次々とプロデュースし、ヒップホップの興隆とメインストリーム化に大きく貢献した音楽プロデューサー、Rick Rubin(リック・ルービン)。
その後、彼はさらに影響力を拡大し、Adele、Johnny Cash、Lady Gaga、Mick Jagger(The Rolling Stones)、Neil Diamond、Santana、Tom Petty、Weezerといった大物アーティストを手掛けます。さらにはコロムビア・レコードの社長にまで上り詰めました。
■Rick Rubinの手掛けたMetalアルバム
そんな彼は、Metal(メタル)ジャンルのアルバムプロデュースでも広く知られています。
AC/DC、Audioslave、Black Sabbath、Linkin Park、Metallica、Rage Against The Machine、Red Hot Chili Peppers、Slipknotといったバンドのアルバムを手掛け、そのどれもが素晴らしい仕上がりです。
しかし私は、彼がDef Jamを脱退してDef American(後のAmerican Recordings)を立ち上げる前後(1988年頃)にプロデュースした作品群にこそ、彼の革新性と理念が強く表れていると考えます。特に以下に挙げる3作品には、大きな思い入れがあります。
1.The Cult『Electric』(1987)
The Cult(ザ・カルト)は英国ブラッドフォード出身のバンドで、それまではGothic Rock(ゴシック・ロック)(*1)やPost Punk(ポスト・パンク)(*2)を演奏していました。2ndアルバム『Love』(1985)では高い評価を得てUKチャートでも4位にランクインしています。
その後、3rdアルバム『Peace』を前作と同様にSteve Brown(スティーヴ・ブラウン)のプロデュース下で制作し始めましたが、そこでバンドは行き詰まりを感じます。エコーを多用した湿り気のある音像や冗長な楽曲アレンジに、メンバーたちは「本当にこれが自分たちのやりたいことか?」「いつまで自分たちは同じことを繰り返すのか?」という疑問を抱いたのです。
ここで登場したのがRick Rubinです。彼はバンドと徹底的に話し合い、「バンドが本当にやりたい音楽」を見つけるサポートをしました。その結果、彼らのルーツがAC/DCやLed Zeppelinにあり、よりソリッドでストレートな音を求めていることが明らかになりました。
そして、彼がプロデュースし直すことにより『Electric』として生まれ変わった3rdアルバムがリリースされました、『Peace』がまとっていた無駄な贅肉はすべて削ぎ落とされ、音質はドライに、まるでバンドが目の前で演奏しているようなリアルさを感じられる内容に変貌を遂げていました。アレンジ面でも、冗長な楽曲展開などは全て排除されています。
この変化により、従来のファンの一部を失う結果となったかもしれませんが、新たなファン層の獲得には圧倒的に成功しました。
B面の2曲目に収録されたこの曲では、AC/DCやLed Zeppelinからの影響を隠すことなく曝け出しています(ギターのリフはRolling Stonesの"Start Me Up"を彷彿とさせるものです)。
2.Wolfsbane『Live Fast, Die Fast』(1989)
Wolfsbane(ウルフズベイン)は英国バーミンガム近郊出身のバンドで、Rick Rubinのプロデュースでデビューアルバム『Live Fast, Die Fast』をリリースしました。
彼らがRubinの目に留まった理由として、デモテープの高い完成度(NWOBHM的サウンド *3 とは異なるエネルギッシュでキャッチ―な楽曲)と、ライブパフォーマンスの卓越性があったと言われています。特にボーカルのBlaze Bayley(ブレイズ・ベイリー)は、力強く男臭い声とステージでのカリスマ性で際立っていました。
ヘアメタルが全盛だった時代(*4)に、男らしくダーティなルックスでシーンに衝撃を与えた彼らの音楽は、Rubinの「削ぎ落しの美学」によってさらに洗練されました。このアルバムは無駄な装飾を排除したシンプルなサウンドが特徴で、彼のプロデューサーキャリアの中でも頂点といえる「生々しい」作品です(セールス的には決して芳しいものではありませんでしたが)。それでいて一般的にも受け入れられやすいキャッチ―さを兼ね備えおり、バンドの作曲能力が高かったことが伺えます。
アルバム冒頭のこの曲は、デモよりも数段テンポが速められ、勢いのあるバンドの本質を見事に捉えています。Blaze Bayleyは後にMetal界を代表する重鎮バンドであるIron Maiden(アイアン・メイデン)(*5)に引き抜かれ、その偉大な歴史の一部に名を残すことになります。
3.Slayer『Reign in Blood』(1986)
もはや大御所としての地位を築いたバンドSlayerですが、その飛躍を支えたのがRick Rubin氏です。彼はこの3rdアルバム以降、『World Painted Blood』(2009)までの23年間にわたり、計9枚のSlayerアルバムをプロデュースしています。
「Thrash Metal(スラッシュメタル)(*6)の帝王」と称される彼らは、初期の2作(Metal Blade Recordsからのリリース)ではVenom(*7)の影響を色濃く受けたフォロワー的な位置付けでした。しかし、本作『Reign in Blood』で圧倒的なオリジナリティを確立し、ジャンルを象徴する存在にまで一気に駆け上ったのです。
Rick Rubin氏特有の研ぎ澄まされた音作りがこのアルバムの残虐な内容にぴったりとマッチ。一聴すると音圧が不足しているようにも感じるクリアでシンプルなサウンドメイクですが(通常のThrash Metalバンドは、これでもかと音圧を上げてきます)、その実、驚異的な演奏技術とエネルギーを見事に際立たせています。これにより、当時「下手でもできる」と誤解されがちだった(そして実際に下手なバンドも多かった)スラッシュメタルというジャンルに新たな評価をもたらしました。
本作は、発表から40年以上経った今もなお、スラッシュメタル界の「超えられない壁」として君臨しています。正に金字塔的な作品と言えるでしょう。
A面1曲目のこの曲は、社会的タブーに挑んだ歌詞(冒頭の「Auschwitz, the meaning of pain, The way that I want you to die...」というフレーズ)と、攻撃的なサウンドで当時大きな議論を巻き起こしました。
■Rick Rubinサウンド「4つの特徴」
Rick Rubin氏が創り出すサウンドの特徴は、以下の4点に集約されると考えます。
①ミニマリズム:
-余計な音を削ぎ落とし、楽曲の本質に焦点を当てる。
②独自性の尊重:
-各アーティストの特性を最大限に活かす。
③ジャンルレス:
-ヒップホップ、ロック、メタル、カントリーなど、あらゆるジャンルに精通。時にはそれらを融合させる。
④人間的アプローチ:
-技術的な完璧さよりも感情やライヴ感を重視。空間的効果を排除し、生々しさを追求。
彼の作品はどれも、余計な装飾を排した「アーティストのありのままの姿」を映し出しています。そのサウンドは、まるで目の前で生演奏を聴いているかのような臨場感があります。
私は彼の作品を聴くたびに、ある種の恐ろしさすら抱じてしまいます。
「彼の前に立つと、見栄や適当な嘘、詭弁は全て見透かされて、自分のまとっている虚像なんて跡形もなく音をたてて崩されてしまうんだろうなあ」
「彼と仕事をするということは、真の自分を見つける過酷な旅に出るようなものなんだろうなあ」
それほど彼が作り出す音には、人間の本質を抉り出すような、嘘の存在する余地の全くない凄みを感じるのです。
■『リック・ルービンの創作術』
そんなRick Rubin氏が、『THE CREATIVE ACT: A Way of Being(リック・ルービンの創作術)』という書籍を出版しました(日本発売は2024年12月)。7年という年月をかけて書き上げた大作です。『スター・ウォーズ』シリーズや『M:i:III』で有名な映画監督J.J.エイブラムス氏や、Appleの元デザイン責任者ジョニー・アイブ氏が帯文を寄せています。全451ページにわたる本書をようやく読了し、ホームページの「愛読書」リストに追加しました。
本書では、彼の上記「4つの特徴」の背景や哲学について詳しく学ぶことができます。たとえば、ミニマリズムについては、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(*8)の『人間の土地』から次の一節を引用しています。
完璧は、これ以上足せるものがなくなったときではなく、これ以上引けるものがなくなったときに、初めて達成できる
また、本書では以下のような普遍的なテーマも扱われています。
・観察力
・自然を師とする姿勢
・無常観
・経路依存性からの脱却
・発想の転換
・ミスの扱い方
・熱心さ
・練習と適応
・文脈における変化
・遊び
・正直さや改善の意義
これらは特定のアーティスト(画家やミュージシャン)だけでなく、すべての人にとって参考になる内容です。そもそも彼は「アーティスト」を「生き方」「世界を感知する方法」と定義しており、職業に関係なく、誰もがその哲学を実践できると説いています。
この書では、彼が各創作過程において見出した78の知恵が述べられていますが、私たちはそれを自らの仕事や人生(の各フェーズ)に置き換えることで、大きな気づきを得ることができます。この本は、単に1回読んで終わるものではなく、課題や状況に応じて繰り返し手に取るべき「人生の指南書」と呼べるものです。
最後に、「後天的な成長の重要性」を説く文脈でRubin氏が引用している、アーン・アンダーソン(プロレスラー)の印象的な言葉を紹介しておきます。
私は教授でもあり、生徒でもある。なぜなら、生徒でなくなった人間に自分を教授と呼ぶ資格はないからだ
常に学び続ける姿勢を持ち続けたいものです。
BBDF 藤本
*1. Gothic Rock(ゴシック・ロック、ゴス):実存主義哲学やニヒリズム、ホラーなどの暗いテーマや、耽美的なロマンチシズムを扱うジャンル。日本国内ではロリータ・ファッションと融合した「ゴスロリ」と呼ばれる文化に、独自発展しました。
*2. Post Punk(ポスト・パンク):70年代に一世を風靡したパンクの流れを受け発展した様々な音楽スタイルを総称する概念です。
*3. NWOBHM(New Wave Of British Heavy Metal、ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィメタル):70年代末~80年代初頭にイギリスで発生した、ヘヴィメタルの歴史において非常に重要なムーブメントを指します。従来のハードロックやヘヴィメタルの影響を受けつつ、パンクのエネルギーを取り入れることにより、更なるスピード、攻撃的なスタイルを加えたものです。パンクの影響で下火となっていた「長髪ハードロック/ヘヴィメタル」が再興するきっかけとなりました。
*4. ヘアメタル(Hair Metal):80年代にアメリカで人気を博したハードロック/ヘヴィメタルの一派で、メイクアップを施した派手で女性的(中世的)な外見や、キャッチーなサウンドが特徴です。バックコームやヘアスプレーで大きく盛り上げた髪型が特徴で、名前の由来となっています。グラムメタル(Glam Metal)とも呼ばれます。湾岸戦争の勃発(1990年)を機にチャラチャラしたジャンルへの風当たりが一気に強くなったこともあり、ムーブメントは短命に終わりました。
*5. Iron Maiden(アイアン・メイデン):1975年にイギリスのロンドンで結成されたヘヴィメタルバンドで、世界的な成功を収めた最も影響力のあるバンドの一つです。世界で1億枚以上のアルバムを売上ています。ヘヴィメタルのスタイルを定義し、ジャンルの発展に大きな影響を与えました。今も現役で活動しており、昨年来日しました。
*6. Thrash Metal(スラッシュメタル):80年代前半にアメリカやヨーロッパで生まれたヘヴィメタルのサブジャンルです。速いテンポ、攻撃的なギターリフ、社会的・政治的な歌詞が特徴です。ヘヴィメタルをさらに過激でエネルギッシュな方向に押し進め、メタル全体の進化に大きな影響を与えました。
*7. Venom:70年代にイギリスのニューカッスルで結成されたヘヴィメタルバンドで、Black Metal(ブラックメタル)の元祖とも称される重要な存在です。過激でダークなサウンドと悪魔的なイメージを前面に押し出し、後にブラックメタル、スラッシュメタル、デスメタル(Death Metal)などの新しいサブジャンルに多大な影響を与えました。
*8. アントワース・ド・サン=テグジュペリ(Antoine de Saint-Exupéry 1900年6月29日 - 1944年7月31日):フランスの作家、詩人、そして航空パイロットとして知られる人物です。『星の王子さま(Le Petit Prince)』の著者として有名ですが、彼の人生や作品には航空業界や哲学的なテーマが深く結びついています。彼の作品は、時代を超えて読まれ続け、人生の本質についてのメッセージを多くの人々に伝えています。