Meta、Amazonの状況から考える「公正」実現の未来

DEIからの揺り戻しとも取れる昨今の動きについて

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■発生中?「行き過ぎた」DEIからの揺り戻し

Meta社が、従業員向けDEIプログラムを即時廃止する方針を示しました。

同社は「すべての人に奉仕する(We serve everyone.)」という企業理念に変更はないとし、引き続き多様なバックグラウンドを持つ候補者の採用を強調しながらも、「目標を設定することで '人種や性別に基づいて決定が下されている' という印象を持たれることを避ける」と発表しました(DEIに重点を置くチームは廃止し、アクセシビリティとエンゲージメントに重点を置く形へと変更される模様です)。

ドナルド・トランプ氏の再選(昨年11月の大統領選挙)以降、米国内の大企業で同様の動きが相次いでいます。Amazonなどのテクノロジー企業だけでなく、さまざまな業種において類似の現象が見られます。

この動きは「行き過ぎたDEI施策」からの揺り戻しのように思えます。確かにここ数年、急速かつ本質的ではないDEI推進の例が散見されました。例えば以下のようなものです。

1. 採用や昇進における「逆差別」

多様性の目標を優先するあまり、性別や人種などの属性が採用や昇進で過度に重視されるケースがあります。この結果、実績や能力が軽視され、「不公平」や「逆差別」と感じる人が増えています。

例えば女性管理職の割合を増やすことは重要かもしれませんが、単なる数値目標を設定し、その達成を重視するアプローチは本質的ではありません。

2. 企業の「美徳シグナリング」

企業がDEIに熱心な姿勢を示すことで、世間からの評価を得ようとする「美徳シグナリング(Virtue Signaling)」が過剰になる傾向があります。

実効性の低いDEI施策がPR目的で行われ、実際の職場環境改善が伴わない場合、「表面的なポリティカル・コレクトネス」に終始し、その効果は生まれようがありません。

3. 組織効率や結束の低下

多様性が過剰に重視されることで、意見の相違や摩擦が増え、職場の効率や結束に悪影響を及ぼす場合があります。

特に、企業文化や価値観が十分に構築されていない段階で多様性を推進すると、チーム内の統一性が損なわれ、生産性の低下につながります。

4. 社会的弱者の「過剰な権利主張」

少数派の声が過度に優先されると、多数派が軽視されていると感じる状況が生まれます。

特定の属性やグループが優遇されすぎることで、「既存の社会構造が攻撃されている」との反発を招いている状況が見て取れます。

本来平等を目指すべき施策が「特定グループへの特別待遇」と誤解されることは望ましくありませんが、そのリスク観点の欠如した施策が多いように見えるのです。

■そもそもDEIとは?

DEI(Diversity, Equity, and Inclusion)の定義を確認しておきます。

○Diversity(多様性):
組織や社会における、性別、年齢、人種、民族、宗教、性的指向、障がい、文化、経験など、さまざまな個人の違いを尊重し、認識すること。

○Equity(公平性):
個々の異なる背景を考慮し、格差や不公平を是正する具体的取り組み。単なる「平等」ではなく、個々のニーズに応じた支援を行うこと。

○Inclusion(包摂):
多様な背景を持つすべての人が、組織や社会で安心して参加でき、自分らしく貢献できる環境を作ること。

これらの概念は何ら間違ったものではなく、過剰な揺り戻し現象によってそれ自体がなきものとされてしまうとすると、人類にとって大きな損失となるでしょう。果たして今後のDEIはどうなっていくのでしょうか?

■揺り戻し現象を正しく分析するために

いま起こっている揺り戻し現象を正しく分析するためには、まず「平等」「公平」「公正」という3つの概念とその定義を整理する必要があります。その上で、「現在、自分たちはどの状況(概念・定義)を目指すフェーズにあるのか」を客観的に把握することが重要です。

○前提:「現実(Reality)」
・意味:実際に起こっている状態や状況を指します。客観的な事実に基づき、人それぞれに異なる条件や環境があることを表します。
・特徴:不平等や格差が存在します。個々の能力、環境、状況、背景が異なるため、完全な均一性はありません。
・例:「生徒Aは裕福な家庭で家庭教師を雇える一方、貧乏な生徒Bは勉強時間を確保できないほど家計を支えるためアルバイトをしている。」(現実として、スタートラインが異なる状況)

※まずはありのままの「現実」を直視しないことには、次のステップは始まりません。

○定義1:「平等(Equality)」
・意味:すべての人に同じ条件や機会を与えることを指します。外見上、均一で同一の取り扱いを行います。
・特徴:「同じルール」を適用することで平等を目指します。実際の状況(現実)や個々の違いは考慮されません。
・例:「学校の試験で生徒Aにも生徒Bにも同じ教材を配布し、同じ問題を課す。」

※「平等」は個々の違いを無視するため、実際には機会が均等でない場合があります。たとえば、アルバイトで勉強時間が少ない生徒Bにとっては、同じ試験が不利に働きます。

○定義2:「公平(Fairness)」
・意味:すべての人を平等に扱いつつ、差別や偏りをなくすことを目指すものです。基本的には「平等」を基盤としますが、一定の調整を行うことで、全員が同じ機会を享受できるようにします。
・特徴:「平等 + 配慮」がキーワードです。状況に応じて、補正や支援を提供します。
・例:「試験の前に、勉強時間が少ない生徒Bには補習を提供する。」

※補正が十分でなかったり、一律の配慮が過剰になると、現実的な不平等が解消されない場合があります。

○定義3:「公正(Justice)」
・意味:すべての人が状況や能力に応じて、最も適切で正しい取り扱いを受けることです。「正義」や「倫理」に基づき、現実を踏まえた柔軟な対応が求められます。
・特徴:現実に応じた判断が重視されます。「平等」や「公平」を基盤としつつ、より深いレベルで適切さを追求します。
・例:「貧困家庭の生徒Bには試験前に学習支援を与え、さらに評価基準を調整して成長や努力を評価する。」

※「機会の平等」だけでなく、「結果の公正」も目指します。個々の事情を大きく反映するため納得感が得られやすい一方で、実現手法が複雑化するなど、簡単に実現できない側面があります。

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■現代の人間に「公正」を実現する能力はあるか?

「公平」を実現することは可能であっても、そこから「公正」に至るまでには、非常に高いハードルが存在します。「公平」から「公正」への移行における困難と課題を、以下に整理して考察します。

○「公正」を実現する上での3つの障壁

「公正」を実現するには、単なるルールの適用以上に、個々の状況や背景、さらには社会的文脈を深く理解し、それに基づいて柔軟に対応する能力が求められます。しかし、以下のような障壁が存在します。

障壁①:人間の限界
現代の人間は、全体的にまだそこまで成熟していないと考えられます。無意識のバイアスや先入観を完全に排除することは非常に難しいものです。「何が公正か」を判断するには、高度な倫理観や共感力が必要ですが、すべての人がそのレベルに達しているわけではありません。

障壁②:制度インフラの未熟さ
公正を実現するための制度や仕組みは、まだ発展途上です。たとえば、データやAIを活用した公正な評価基準を構築する試みも、アルゴリズムの偏りや透明性の欠如といった課題が残っています。

障壁③:コストの問題
公正を追求するためには、多大なリソース(時間、労力、予算)が必要です。たとえば、個別事情を考慮するための柔軟な対応は、効率性とのトレードオフを伴います。しかし、このようなコストに関する議論や対応が、十分に行われているとは言えません。

○行き過ぎたDEI(多様性・公平性・包括性)による揺り戻し

「公正」を目指す過程で、DEIに基づいた施策が一部で過剰に進められた結果、以下のような問題が生じていると考えられます。

1. 逆差別の懸念
特定の集団に過度に配慮することで、他の集団が「不公正」だと感じる状況を招いています。たとえば、マイノリティ優遇の施策が、非マイノリティに不満や対立を引き起こしています。

2. 透明性の欠如
「公正」を目指すあまり、基準やプロセスが複雑化し、一部の人々には不透明に映るケースが見られます。不透明な公正は「恣意的な決定」や「特別扱い」として受け取られ、信頼を損なうリスクがあります。

3. 公平感の喪失
公平性を犠牲にして公正を追求することで、一部の人々が「努力が報われない」と感じる可能性があります。このような状況は、結果として組織や社会におけるモチベーションの低下を招きかねません。

これらの問題が、DEIの理念そのものへの反発や揺り戻しを引き起こしているように考えます。「公正」を目指すことは重要ですが、その実現には多くの課題が伴うことを認識し、現実的な解決策を模索する必要があります。

■「公正」を目指すループの必要性

「平等 → 公平 → 公正」という流れを目指す中で、今回のような揺り戻しが何度も起こることは、社会全体が公正を実現する準備を整えるための必然的なプロセスではないかと考えます。その理由を以下に挙げます。

○「現実」への立ち戻りの必要性
・公正を目指す過程では、制度や認識が過剰に理想化されたり、特定の集団に偏ったりすることがあります。その結果、一度「現実」に立ち戻る必要性が生じます。
・このプロセスは、「本来の平等とは何か」「公平とは何か」を再検討する貴重な機会を提供します。

○試行錯誤のプロセス
・公正の実現は、一朝一夕で達成できるものではありません。何度も試行錯誤を繰り返すことが求められます。
・この過程を通じて、社会全体が「公正」を実現するために必要な能力(倫理観、共感力、判断力、制度設計力など)を徐々に育てていくことになると考えられます。

○学習と調整
・揺り戻しが繰り返される中で、各段階で得られた学びを反映させることで、社会はより成熟した形で「平等」「公平」、そして「公正」を追求できるようになると考えます。

社会が「公正」を実現するまでの道のりには、揺り戻しを伴う試行錯誤が不可避です。そして、このプロセスそのものが、社会全体の成熟と進化に繋がる重要なステップであると考えます。

■未来への展望:持続可能な「公正」の追求

「公正」の実現は非常に難しく、何度も揺り戻しを繰り返す過程を伴うものです。それでも、社会が「公正」を求め続けるのであれば、以下のような取り組みが必要不可欠だと考えます。

(1) 公正の基準を透明化
・公正な判断基準やプロセスを明確化し、全員が納得できる仕組みを整備することが重要です。
・「公正」は必ずしも「特定集団の優遇」を意味するものではなく、「全体の適切なバランス」を保つことだと理解されなければなりません。

(2) 個別事情を考慮しつつ、効率性を保つ
・公正を追求しすぎることで効率性が損なわれないよう、技術やデータを活用した評価基準を整備する必要があります。
・AIやアルゴリズムを導入する際は、偏りを防ぐための監査体制や人間による適切な介入を設けなければならないでしょう。

(3) 社会的対話の促進
・公正についての社会的な対話を進め、異なる立場の人々が共通の理解を持つことが不可欠です。
・揺り戻しが起こるたびに、それを「対話の機会」として活用し、「どのように調和させるべきか」を模索する姿勢が求められます。

(4) 現実の認識を基盤にした公正の実現
・理想だけを追い求めるのではなく、現実的な状況や課題を踏まえて、公正を設計することが求められます。
・現実に立ち戻ることを「後退」と捉えるのではなく、「成長へのプロセス」として前向きに受け入れるべきです。

「公正」の実現には、何度も「現実」への揺り戻しを繰り返し、社会的対話と議論を重ねる必要があります。その結果、最終的には現実と理想のバランスを取る形で「公正」は実現されるでしょう。

この過程において、AIが果たす役割も非常に大きいと考えられます。しかし、最終的に必要なのは、我々が社会の背景や文脈を正しく理解し、人間独自の倫理観や共感力をさらに高めていくことです。それこそが持続可能な「公正」の基盤となるでしょう。

BBDF 藤本