先日、国内某大手広告代理店の方のお話を伺う機会があり、広告・宣伝、ブランディングについて改めて考えを巡らせています。
かつてアメリカに「Ted Bates」という広告代理店がありました。
ロッサー・リーブス氏(著名なコピーライター)の活躍により、1940年代以降、世界的な広告代理店へと成長します。1986年にWPPグループに買収され、現在はTed Batesの名は使われていません。
そのリーブス氏が用いたブランディング・メソッドが「USP(Unique Selling Proposition):独自の販売提案」という概念でした。
USP登場以前の広告・ブランディング(~1930年代)
まず、USPが開発される前、つまり1930年代までの広告を振り返ると、「この石鹸は純度が高い」「この車は馬力が強い」といった、製品の機能や特徴を単に羅列するものが大半でした。
そこには「消費者の視点」や「利益」という概念はなく、感情や心理に訴えかける要素も見当たりません。結果として、消費者はどの製品を選ぶべきかを判断しづらかったと言えます。
つまり、USP以前は「競合との差別化」が曖昧な時代だった、と言えるでしょう。
USPの革新性(1940年代~)
リーブス氏を中心とするTed Bates社が用いたUSPとは、「自社だけの独自の強み」を打ち出すことで、競合との差別化を図り、ブランドを作っていくメソッドです。
- 自社の製品やサービスが他社と異なる独自の価値(顧客に選ばれる理由)を明確に示す
- 顧客のニーズ・期待に応えることを重視し、「顧客にとってのメリット」を強調する
- ブランドのアイデンティティを確立し、一貫したブランド・メッセージの核となる
つまり、1930年代までとは異なり、「消費者の視点や利益」を考慮し、「消費者の感情や心理」に訴えかけることで「競合との差別化」を行う時代を到来させたのが、USPでした。
例えば、M&M'sチョコレートの「手で溶けず、口の中で溶ける」というコピーは、消費者のニーズに直接応えるものですし、ダイソンの「吸引力の変わらない、ただひとつの掃除機」は、消費者の感情に訴えかけ、信頼感を与えるものです。また、ドミノピザの「30分以内に届けられなければ返金」は当時において強烈な競合との差別化であったことは言うまでもないでしょう。
時代の変化とDSIへのアップデート
しかし2000年代に入り、消費者行動は大きく変化します。従来のUSPが持つ「製品の独自性を訴求する」という枠組みだけでは、競争が激化する市場では不十分になりました。市場には類似した製品やサービスが溢れるようになり、単なる「独自性」だけでは消費者の心を掴むのが難しくなってきたのです。
そこで、Ted Bates社のビル・シェリー氏(クリエイティブ・ディレクター)は、USPを更にアップデートし、新たに「DSI(Dominant Selling Idea):支配的販売アイデア」というアプローチング・メソッドを開発しました。
シェリー氏によれば、「市場で勝つブランドは、顧客の記憶に最も強く、シンプルで、信じやすい1つのアイデアを占有する」という前提からスタートしています。この「1つのアイデア」こそがDSIであり、顧客の頭の中で他の競合よりも優位に立つ「ドミナント(支配的)」なポジションを確立することを目指します。
USPは、プロダクトやサービスの「ユニークさ(他と違う特徴)」を軸としています。しかし、DSIはそれをさらに発展させ、「より記憶に残りやすく」「他と比べて絶対的に優位に見せる」ことを重視します。
「多くの企業はユニークさを探すことに必死になるが、顧客はそれを記憶できない。だからこそ、シンプルで支配的なアイデアが必要だ」とシェリー氏は言っています。
例えば、FedEXの「Absolutely, positively overnight.(絶対、確実に翌日配達)」というコピーは、単なる「速さ」ではなく「絶対に」という圧倒的な信頼感を伴って、消費者の心をつかむ、支配的なアイデアだと言えます。
持続的ではないDSI
しかし、シェリー氏自身も言っていますが、DSIは「永久不変のもの」ではありません。
競合が進化し、市場が変化すると、かつての「唯一無二」や「支配的」なポジションは、当然揺らぎます。ブランドは、「次のDSI」を常に探し続けなければなりません。特にテクノロジーの発展が半端ない現代においては、製品やサービスがコモディティ化していく速度が、ますます高まっています。「3か月前の最新が、今では標準」、そんな時代になっているのです。
例えば、ドミノピザは「30分以内保証」を1990年代に終了しています。その理由は、配達中の交通事故リスクが高まったことと、業界標準になり差別化が難しくなったことの2点です。そして、ドミノピザはその後、ピザの味そのものを見直したり、テクノロジーによる注文体験の改善(アプリやトラッキング)で、新たな優位性を作ろうとしています。先日当社は、収益改善のために日本の172店舗(世界では205店舗)を閉鎖することがニュースになっていました(参照リンク:日本経済新聞)。コロナ禍におけるUber Eats等デリバリーの普及(ライバルの多様化)で、事業そのものの再構築が必要となっている今の状況下において、DSIのアップデートは殊更求められることになります。
シェリー氏の考えに基づき、DSIの(同一概念内での)アップデートは当然行われています。それは「機能」から「感情」「信念」へのDSIのシフト、です。
現在のUpdated DSI
テクノロジーの進化が速すぎて、情報が一瞬で拡散する現代では、技術やサービスはあっという間に模倣されます。この「差別化が続かない時代」において、機能面やスペックでDSIを作るのは最早無理でしょう。
よって、現代のブランディングは「感情」や「信念」を軸にするようになっているのです。
- アップル:「Think Different(型破りに考えよう)」
機能ではなく、「イノベーターでありたい人」を惹きつけるブランド戦略です。 - ナイキ:「Just Do It(挑戦しろ)」
「他の靴より速く走れる」といった差別化ではなく、「生き方」の提案です。 - パタゴニア:「地球を救うためにビジネスを営む」
最早、環境保護の理念に共感する人を惹きつけようとしています。
これらのように、「信じていること」や「哲学」、「ブランドが築いた文化」は、他社がパクろうとしても困難です。パクリに信用は決して伴いませんから。
現代のブランディングは「プロミス(約束)」から「アイデンティティ(存在証明)」へと移行しています。つまり、「他社より○○だからウチを選べ」というプロミス型のDSIはすでに限界に達しつつあり、今は「ウチはこういう世界観や哲学を持っている。共感するなら仲間になってほしい」というアイデンティティ型のDSIが求められているのです。
速さや、安さ、便利さなどは、最早誰でもすぐに真似できますが、「アイデンティティ」や「企業のパーパス」は真似できません。つまり、しっかりとしたパーパスを持ち、実際にそれを遂行している企業のみが、生き残っていくことになります。絵に描いた餅を「理念」として掲げているだけの会社は、論外でしょう。この情報化社会において、その会社が本当に理念を追求しているかどうかは、すぐにバレてしまいますから。
・・・と、ここまで書いてみて、DSIという手法自体を、さらに新しい概念にアップデートすべき時が来ていると感じます。
残念ながら、現時点ではビル・シェリー氏からそういった提案は見られないようですので、ここで誠に僭越ながら、私自身が「DSIに次ぐ新たな概念」を考えてみました(もちろん、3文字の略称で!笑)。
UPS、DSIに次ぐ新概念(名称)案
昨今のテクノロジーの進化により、製品やサービスのコモディティ化は、これまでにない速度で進むようになりました。そしてそれに伴い「シンプルで支配的なアイデア」が持続する期間も、大幅に短縮しています。そういった変化に左右されない打ち出しが必要となっています。
案①:NSI(Narrative Selling Idea)
※物語的販売アイデア
DSI(Dominant Selling Idea)という3つの単語のどこに時代遅れ感を持つのか?「Dominant(支配的)」という部分でしょう。市場の支配を目指す、という発想自体が現代の消費者感情に合致しないというか、即コモディティ化してしまうのに支配もへったくれもない感が強いというか。この際、"支配"という概念を手放すべきでしょう。代わりに、アイデンティティを伝える上で重要となる「ナラティブ」を加えてみるのはどうでしょうか?DSIのプチ・アップデート系として違和感なく許容される気もします。
案②:MSI(Meaningful Story Integration)
※意味あるストーリー統合
意図としては案①と同様に、ナラティブ、ストーリーの重要性をピックアップするものです。ブランドが「集団のアイデンティティ」を形成し、商品は顧客が「ブランドとともに物語を作る」ためのもの、という意味合いです。製品やサービスを、「顧客に買ってもらうもの」ではなく、顧客とともにナラティブやアイデンティティを形成するための「ツールやきっかけ」と捉えるのです。消費者の視点を重視する、というUSPの概念を現代に適用する場合、これが適切でしょう。文字面はDSIや①のNSIに近く、違和感を覚えさせないよう配慮していますが、肝は「I」がIdeaではなくIntegrationである点です。
案③:HCI(Human-Centric Identity)
※人間中心のアイデンティティ
USPやDSIは、言うてもまだ「商品起点」です。これを完全に「人間起点」にしてしまいます。もはや売り手と買い手の境界を超え、「価値観と生き方の共有」をコアとします。「何を買うか」よりも「誰から買うか」「何のために買うか」を重視する現代の消費者に向け、哲学やパーパスを中核に、人間中心のアイデンティティを訴求するのです。
いずれの案も、価値提供側(企業)が確固たる信念や哲学、すなわち「パーパス」を持っていることが前提となります。
自社には本当にパーパスがあるのか。ブレない軸があるのか。
これを今一度問い直すことが、現代の経営者には強く求められています。
BBDF 藤本